◎猫の墓場


猫がもう死ぬという。何故だと問うと、自分は寿命なのだと応えた。一体猫という動物は、自分の死が近づくとそれが本能的に分かるものらしい。
――明日か、遅くても明後日には「猫の墓場」へゆくよ―――弱弱しい声でそう言ったきり、自分の寝床へ潜ってしまった。
その「猫の墓場」というのが気になり、翌日は何処へもゆかずに彼女の様子をじっと見守っていた。すると昼ご飯を食べ終わってまもなくのこと、猫はとぼとぼと廊下へ向かうと、玄関の猫用の通り窓を潜り抜けて外へ出て行った。私は跡を追った。通ったことのない裏道をくねくねとすり抜け、番犬のいる民家の柵を恐る恐る潜ると、猫は塀の上へぴょんと昇った。私も負けじとついてゆく。迷路のような塀伝いの道を猫に気づかれぬよう等間隔を取りながらしばらく歩くと、果たして「猫の墓場」へと出た。
四面の塀が絶妙な具合に小さな四角形の空き地を成し、丈の長い草が茫茫と生えている。草の中には動物の白骨。これは猫のものに違いない。中には死んで間もない猫や未だ生きているものも見えるが、いずれも塀の片隅に蹲って身動きひとつしない。
その猫の中に私の家族もいた。私が呼ぶと、すべての猫が一斉に首をもたげてこちらをみて、それからまたすぐに蹲った。彼女だけが目脂で封のされた瞼をこじ開け、そのまま私を睨んでいた。猫は一瞬怒ったように鼻先に皺を寄せると、やがて元の優しい顔に戻って穏やかな声で私に語った――お戻りなさい。ここはお前の来るべきところではないよ。その時が来ればお前にも自然に分かるから、それまでは駄目だ。お戻りなさい、お戻りなさい、嗚呼、わしの可愛い娘や―――それが最期の言葉だった。
暖かかった黒い柔毛が冷めるのを待つと、私はふたたび元来た道を辿って家へ帰った。同居人のあいつがこのことを知ったらきっと悲しむだろう。誰かの死で悲しくなるなんて、人間とは実に厄介な生き物だ。だから私は黙っておこうと思う。母の声をそっくり真似て、ただにゃあと鳴く以外は。

◎モドル◎