「SailAway」
著者:雨守



 焼け付くような日差しの下、大西洋のど真ん中に一隻の船が浮かんでいる。
 小さな帆船、風にたなびく白い帆が太陽の光を浴びて光っているのが見えた。
 その帆の真ん中に大きく描かれたマーク…、堂々とした黒い『ドクロマーク』だ。
 そのマークが意味する事実…、どうやらこの船は海賊船の様だ。
 船の甲板の下、海の良く見える位置で三名のクルーが会話を交わしていた。
「船長〜、この船一体どこに向かってるんですかぁ〜?」
 白と黒のしましま模様のシャツを着た若い女のクルーがやる気の無さそうな声を上げているのが真っ先に聞こえた。
「バカモノ!ミナ、わしの事はキャプテンと呼べといつも言っとるだろうが!」
 同じくしましまのシャツを着た五十代後半くらいの髭面の男が、怒鳴り返した。
 どうやらこの男がこの海賊船の船長…、もとい、キャプテンの様だ。
 そして、この白と黒のしましまのシャツ。これはこの海賊船の乗組員であるという身分を示す制服の様な物らしい。
「別に一緒じゃないですかぁ〜…」
 ミナが再度キャプテンに言い返す。
「違う!キャプテンの方がかっこいいんじゃ!」
 キャプテンはわけのわからない事を言いつつ胸をはる。
 どうやらこの船のキャプテンは少々頭が弱い様だ…。
「でもキャプテン。ホンとにこれからどーすんですか?もう三日も大西洋のど真ん中をうろうろしてるだけなんすけど…」
 今度はミナの横にいた若い男のクルーが、やはりやる気の無さそうな声でキャプテンに問いかけた。
 彼の名はジョー。
 ジョーもミナも年齢的にはほぼ同じで、十八・十九くらいと思われる。
 何を隠そう、この小さな海賊船の乗組員はこの三名のみ。おそらく世界で一番小規模な海賊と言って良いだろう。
「心配はいらん、もうすぐ宝島が見つかるはずじゃ」
 キャプテンは何やら自身ありげに言う。
「え?何かあてがあるんですか…?」
 ミナとジョーが声をそろえてキャプテンに聞き返すと
「もちろん…これじゃ!」
 突然、キャプテンは右脇に大事そうに抱えていた物を勢いよく顔の前あたりに掲げ、二人に見せ付けた。
「……またそれですか…」
 それを見るや否、二人はうんざりした様な顔で肩を落とす。
 キャプテンが二人に見せた物…、それはノートパソコンだった。
「今朝、インターネットで今日の運勢を調べてみたらの、『牡牛座のあなた、今日は東の方角に行くとラッキー♪』って書いてあったんじゃ。だから今日こそ宝島がみつかる!」
「……」
 自身満々のキャプテンの言葉に、二人は呆れて言葉を返す気にもなれなかった。
 実はこのキャプテン、インターネットが趣味で、ちまたでは『キャプテン・オンライン』と呼ばれている。
 世にも珍しい、流行に敏感な海賊なのだ。
 だからどこに航海するとしてもこのノートパソコンを持ち歩いている。
 ちなみにこのノートパソコン、超薄型で軽量化、機能も充実、とある電気街で三十万円もしたという自慢の最新型だ。
 これを買ったが為に、この船の予算は底をついたらしい…。
「はっ!いかん!」
 突如キャプテンが声を上げる。
「ど、どうしたんですか!?キャプテン!?」
 二人はその声に驚き、聞き返す。
 二人が気が付くと、キャプテンはノートパソコンの画面を起動させ、カタカタとキーを打っていた。
「ジョーよ。お前の今日のラッキーカラーはピンクじゃ!今すぐピンク色のシャツに着替えるんじゃ!」
 キャプテンは鬼の様な形相でジョーを睨み付けそう叫ぶ。
 パソコンの画面に目をやってみると、案の定キャプテンはいつものお気に入りの「占いサイト」を開いていた。
「え…、いや、これ制服なんですけど…。っていうかピンクのシャツなんて持ってないし…」
 キャプテンのあまりの迫力にジョーは思わず戸惑う。
「何じゃ、持っておらんのか?仕方の無いやつじゃな…」
 キャプテンは無茶苦茶な事をぶつぶつと言いながら、再びパソコンの画面に目をやった。
 そして、次の瞬間…。
 キャプテンは物凄いスピードでパソコンのキーを叩き始めた。
 カタカタカタカタ…。
「あった!ここから南西に8.5キロ程進んだ所の港のすぐそばにナウい洋服屋があるぞい。今すぐにそこに向かってピンクのシャツを購入するのじゃ」
 キャプテンは大張り切りで海の彼方を指差した。
「え…、あの、キャプテン。私達宝島を目指してるんじゃないんですか?」
 ミナが相変わらずの呆れ顔で言った。
「…。おお!そうじゃった。忘れておったよ。がははははは」
 キャプテンはミナの言葉にはっと気が付き、大口を開けて笑い始めた。
「…はぁ…」
 ミナとジョーは再度がっくりと肩を落とし、この日何度目かのため息をついた。

数時間後…。
「ところでキャプテン、天候や風向きは問題ないですか?」
 数時間ひたすら何も無い海を漂い続け、ふとミナが言う。
「うーむ…、まぁ今晴れておるし、風もさわやかだから問題ないじゃろ…」
 キャプテンは相変わらずパソコンの画面に向かいながら、適当な答えを返す。
「え…、そんな適当な…。っていうかそれこそインターネットで調べたらいいじゃないですか」
 キャプテンのあまりに適当な態度に不安を覚え、ジョーが指摘する。
「ふむ、それもそうじゃな。じゃあ後で。今忙しいから…」
 キャプテンは相変わらず適当な返事を一つ返すだけ。パソコンの画面に熱中して、何か一生懸命カタカタとタイピングをしている。
 二人が何を話しても、まるで耳をかさないといった雰囲気だった。
「忙しいって…、一体さっきから何やってるんですか?」
 キャプテンがあまりにも真剣な眼差しで一生懸命になっているのを見て、疑問に思ったミナが問いかけた。
「…うん?今な、スナック『ドリーム』のルミちゃんとチャットしとるんじゃよ」
 キャプテンは真顔で答える。
「……」
 一瞬その場に凍りつた空間が広がった。
「え〜と、『近いうちにまた店に行くからね〜ん♪♪』と…」
キャプテンは嬉しそうに口元にだらしない笑みを浮かべながらパソコンの画面を見つめる。
「……」
 もはやそっとしておこう…。ミナとジョーはその瞬間そう心の中でつぶやいた。
 二人は顔を見合わせて互いに首を横に振りながら、ゆっくりとその場を去って船室に戻って行った。
 その後キャプテンとルミちゃんの熱い心の会話は三時間ほど続いたらしい…。

 こうして、ちいさな海賊船は今日も平和でマイペースに大西洋のど真ん中を漂っている。
 時間の流れさえも感じさせないかのごとくのんびりと、ただただ気持ち良さそうに海を漂いながら三人の旅は続いていた。

 ちなみに、今年最大の超大型『台風26号』が大西洋のど真ん中を横断したのは、このすぐ後の出来事だった…。




[終]