明津良雪の一日。

【〇五時二五分 自室】
 むくりと布団から小柄な少女が起き上がった。いつもどおり、目覚ましの鳴る五分前だ。
 彼女の名前は明津良雪(あくつ よしゆき)。見た目は幼く、たまに小学生に間違われるものの、れっきとした高校三年生だ。少しでも大人びて見えるように長い黒髪を大切にしているのだが、むしろそれが『お人形さん』というイメージを強調している。
「……おはようございます」
 半分眠ったまま、お気に入りの巨大なクマのぬいぐるみに挨拶した。
 眠い目をこすりながら、ひんやり冷たいフローリングの床に足をつける。今日も役に立たなかった髑髏の目覚ましは切っておく。
 良雪の部屋は広い。楽に五十畳はあるだろう。しかもあまり物がないため感覚的にはもっと広く感じる。
 とりあえず着替えなくちゃ。と、タンスと鏡がある一角へむかう。
 自分にはちょっとすぎた部屋だと思う。小さいよりは良いのかも知れないけど、本棚や机までいちいち歩くのはめんどくさい。と、良雪は思った。
 鏡を覗き込む。いつまでたっても小さい自分が映っている。友人の愛ちゃんは身長も高くてかっこいいのに、神様は不公平だ。せめて後一〇センチの身長と、胸が欲しい。
 と、毎朝の日課である成長の確認をしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します。今朝も早起きで何よりです」
 かすれた野太い声の男が入ってきた。背が高く、細身の体躯に執事服を着ている。
「出来ればもう少し寝ていたいですけど、そうもいかないですし。がんばらないと」
 寝巻きのままだが気にせず、男のほうを向く。
 細い体に生える手は六本。固そうな剛毛に包まれた顔にはいくつもの赤い目があり、角のような顎が生えている。
「ご立派な心がけでございます。では、失礼します」
「いつもありがとうございます、蜘蛛男さん。すぐ行きますから」
 無音で扉が閉じられる。いつも思うが、普通に閉めているように見えるのにどうして音を出さずにいられるのだろう。
 寝巻きを脱いで学生服に着替える。かわいいのでお気に入りだ。
 そして、姿見の横のクローゼットにかけてある名前もわからない獣の骨を使った肩当てをはめる。ついている黒マントは昨日洗濯したばかりで気分がいい。でも、この長さは何とかならないのだろうか。
 人かマントかわからないような姿になった良雪は、半分近くマントを引きずりながら部屋を出た。


【〇五時四五分 会議室】
 会議室、と言う名称になっているものの、見た目はおどろおどろしい。どことなく湿気た空気。剥き出しの岩肌。窓一つ無い壁面。無理やり付けら得た照明。規則的に並べられたパイプ机。ところどころある花瓶に活けられた花。それら全てが微妙に調和して、なんともいえない空気をかもし出していた。
 それもそのはず。ここは悪の組織の秘密基地なのだから。会議室と名前が付いているこの部屋も、もとをただせば『大総統勅令の間』である。おどろおどろしくない訳が無い。無理やりおかれた照明、机、花などが調子を狂わせてはいるが。
 そんな会議室では、毎朝早朝会議が行われていた。それは基本的に六時から始まる。しかし、良雪はなるべく早く出るように心がけていた。自分の都合で時間帯を変更してもらったのだから、それぐらいは当然だと思う。
 だのに、すでに全員集まっている。どうも自分が最後に入ってくるのを直立不動で出迎えるのが礼儀だと思っているようだ。遅刻者がいるよりはいいが、少し心苦しい。大総統たる自分の心構えのほうがおかしいのだろうかと、このときばかりはいつも考えてしまう。
「みなさん、おはようございます。まずは座ってください」
 しかし、誰も動かない。いつものことだった。仕方なく、良雪はごつくて大きな椅子に座る。この椅子は嫌いだ。座ると体がめり込むし、物々しい意匠は趣味じゃないし、何より足が宙ぶらりんになるのだ。
 しぶしぶ良雪が座ったことにより、各々が自分の席に着く。高さや角度の調節機能が付いた機能的な事務椅子だ。一度交換を申し出たら、きっぱりと断られてしまった。
「少し早いですが、全員集まっているようなので始めちゃいます」
 すると、いつの間にか背後にいた先ほどの蜘蛛男が用紙の束を机の上に置いた。
 たいした量ではないが、持つと少し重く感じる程度の束だ。多いときは良雪には持ち上げるのが困難なほどなので、今日はそれなりに少ないほうだった。
「えと、それでは特に言うことがある部署の方はお願いします」
「では、僭越ながら開発部から話させてもらいます」
 白衣の男が立ち上がった。背はそれほどでもない。四本の腕を持ち、頭からは触角が生えていて、全体的に硬そうな皮膚に覆われている。開発主任の蟻男だ。
「かねてより開発していた火山噴火制御装置が完成しました」
 おお、と会議室中から感嘆の声が漏れる。
「これさえあれば、活火山なら一日もあれば噴火可能。場所も任意ですので、好きな場所を狙って使うことも可能です。装置の具体的な仕組みは……」
 プロジェクターに装置の概要が映し出された。それをレーザーポインタで指しながら蟻男が熱弁をふるう。しかし、それを理解できたのは当の蟻男ただ一人だった。
 とりあえず皆が理解できたのは、これが大変な発明だと言うことだ。海外ではいざ知らず、こと日本に限って言えば核よりも強力な兵器となりうる。
 いよいよテンションも高まってきた頃、良雪が口を開いた。
「グスコーブドリみたいですね」
「そう、まさにその通り!」
 興奮した蟻男の前に、礼儀の二文字はなかった。レーザーポインタを持つ一本を除き、三本の手で良雪を指差す。それに驚き、良雪は体を竦ませた。
「小さい頃に読んだ『グスコーブドリの伝記』に憧れて早幾年。ようやくここまで辿り着いたのですよ! これさえあれば火山による災害は極最小限に抑えることも可能でしょう。さらに……」
 プロジェクターの画面が切り替わった。日本の地層断面図だ。これは見ている大半が理解できた。
「これはまだ技術研究段階ですが、発展させればかなり正確な地震の情報も入手可能です。その情報もさることながら、早期に復興事業を展開することで相当な利益になるかと。損はさせません。ぜひ追加予算の計上を!」
 早口で一気にまくし立てる。その勢いに良雪は気後れするが、視線を落とした先の用紙に気になる文字を見つけた。
「それはいいのですけど、この起動費用と維持コストは間違いないですか?」
「う……」
 ギクリと蟻男の動きがこわばった。
 その内容を端的に言えば、一時間の起動で四〇〇万円相当の電力と、システムを維持するだけで月二〇〇〇万円はかかるというものだ。さらに、起動させればメンテナンス代が数百万円かかり、部品交換も行えば一〇〇〇万円は下らない。
 先ほどの話では活火山の噴火まで一日、操作も含めればさらにもう一日。つまり、一回の起動でざっと一億九二〇〇万円かかる計算になる。頭が痛くなる数字だった。
「いくらうちに発電施設があるといっても、ちょっと多すぎます。予算の事は考えますが、まずは省エネとコストダウンから始めてください」
「はい……」
 浪漫なのに、と小さく蟻男は呟いて席に着いた。表情はまったく読めないが、明らかにガックリしている。でも、しょうがない。二日で二億円も使えるほど、ゆとりのある予算は組んでいないのだから。
「では次は……」
「戦闘部二課、報告させてもらう」
 野太い声の男が立ち上がった。巨躯に雄雄しいたてがみが立派な獅子男だ。
「昨日の銀行襲撃の詳細をここで報告する」
 ガサゴソと紙をめくる音が部屋に響いた。事細かなタイムスケジュールと、展開された作戦や当時の情報が事細かに記載されている。獅子男のまめな性格がわかるつくりだった。
「清公銀行浦木支店に一五時二八分に三人で正面から進入。猟銃と刃物による威力行使により障害を無力化した」
「被害は?」
「銀行員一人が銃により重傷。抵抗した客二人がナイフにより軽症。……続ける。その後に約九〇〇〇万円を奪い事前に用意した車で逃走した」
 カメラの映像や作戦の進行状況、警察の動きなどが用紙に書かれている。カメラに顔は映っていない。警察への通報はこの時点でされていない。さらに、足も付かないよう極力証拠を隠し、かつ本人に関係ない証拠をばら撒いている。この点は過去の三億円事件を模倣した手口だ。事前の打ち合わせ通りだった。
「見事ですね。で、首尾は?」
「上々だ。蜂男一名を派遣し、目標を無力化した。後に戦闘員四名により現金を全て強奪。犯人を縛り上げて警察に突き出した」
 用紙に強盗の男三人が写っている。どちらかと言えば知的な感じのする顔立ちだった。
「……こんな人が強盗なんて、世も末ですね。それに、清公銀行には悪いことをしました」
「罪の意識を感じる必要はない。あの銀行の実態は徹底的に洗っただろう。犯罪にならないスレスレを狙うなど言語道断。天誅など幅ったいことは言わぬが、相応の罰というものだろう」
「それは解っています。では、当初の予定通り銀行の被害者の方にお金が回るように手配をお願いします。あまりはいただいちゃいましょう」
「うむ。既に手配してある。今回は諜報部がまともに働いたおかげで、事前に強盗発生と作戦内容を知ることが出来た。つぎもこの調子であることを望む。以上だ」
 嫌味を言われた諜報部の犬男が、ぎろりと獅子男を睨みつける。しかし、それを獅子男は軽く流した。
「では、何かあれば次の方お願いします」
「……おう、あるぞ」
 諜報部の犬男が立ち上がる。その目は獅子男を睨んだままだが、くりくりとした目なのであまり迫力は無い。
 良雪は彼を見ると、いつもあのフサフサふわふわの毛並みに顔をめり込ませたい衝動にかられる。小さい頃に一度やったら大分落ち込んだので、それ以降自重するようにはしているが。
「ジャスティスについてだ」
 その名前に全員が顔をしかめる。良雪も例外ではなかった。
 ジャスティス。なんの捻りも無い名前で、その名の通り正義の味方である。昔からの対立組織、有体に言って正義の組織の組織員ではなく、今年の四月に新たに出現した新手の正義の味方だ。しかし、それによって現場に混乱が生じていた。なにぶん、奴はかなり下劣な手を使うのだ。
「依然詳細はわからないが、行動時間についてある程度特定できた。平日は五時以降から日が変わるころまで、休日は実質いつでも現れるようだ」
「敵対組織が雇ったパートさんでしょうか?」
「現時点での予測は意味がないから、あらゆる可能性は視野に入れて考えている。この時間も正確なものであるとは考えていないが、一応の目安として考慮しながら個人の特定作業に入る予定だ」
「わかりました。特定を急いでください。もし一般人なら法的手続きを取らないでの正義行動は処罰の対象にもなりかねませんから、そのあたりのことをきちんと説明してあげてください。もしアレでしたら、ディベートが得意な人を二、三人連れて言いくるめちゃってもかまいません」
「わかった」
 良雪は資料に写るジャスティスの姿を見た。不鮮明な写真でぼやけた黒い塊にしか見えない。たなびく黒のマフラーが印象的だ。こんな人に大事な人たちを傷つけられるのは悲しいことだった。
「次、いいですか。宇宙人との同盟と、地底人の土地割譲、もしくは土地代の請求ですが」
「はいはい。基本的に同盟は推進。地底人ともなるべく穏便に交渉しておくというこちらの方針は先方に伝わりましたか?」
「それがですね……」
 こうして早朝会議はつつがなく進行していった。


【〇七時一〇分 食堂】
 良雪は今日の朝食に日替わり朝食セットを選んでいた。ご飯、味噌汁、焼き鮭、漬物のシンプルな和風朝食だ。ちなみに、マントは正直邪魔なので部屋においてきていた。
 こりこりと漬物の食感を楽しみながら、組織運営の難しさを感じていた。
 祖父の国明(くにあけ)が作り、父の夏道(なつみち)が大きくしたこの悪の組織。夏道が早死にしてしまったせいで、この年で良雪が継がなければならなくなってしまった。
 国明は悪の組織に憧れ、私財や掘り当てた埋蔵金などをなげうって組織を発足させた初代大総統だ。しかし、どうにも根は善人だったようでやることは全て詰めが甘く、結果として被害よりも救済が大きくなるような組織の運用をしていた。
 そんな国明が八〇歳で往生し、遅くに生まれた夏道が脱サラして悪の組織の二代目大総統となった。脱サラで悪の組織の頂点に立つ人物など、恐らく自分が初めてだろうと、嬉しそうに語っていたのを良雪は覚えていた。
 夏道は経営の才能があったらしく、組織は無理なく巨大化した。しかし、結局根は善人であると言うところは親子でそっくりだったので、辿る道は同じだった。それならばいっそ、正義悪の組織になろうと決意。悪によって正義をなすように軌道を変更した。もっとも、やることは殆ど変わらないので混乱はまったくと言っていいほどなかったが。
 そんな夏道が一昨年急死してしまう。死因は趣味のスキューバダイビングの途中、サメに襲われて食われたことだ。珍しい死に方ではあるが、悪の組織の大総統でサメに食われて死んだのは、恐らく夏道が初めてだろう。何から何まで珍しい人だった。
 そんなこんなで、世襲制と言うわけでもないのに三代目の大総統には良雪が選ばれることになった。昔から秘密基地内に住んでいたため殆ど全員に愛されていたし、なにより父から経営のノウハウを学んでいたことが大きかった。
 味噌汁をひと啜り。具はわかめと豆腐だ。濃さはちょうどいい。
「おーっす。おはよう」
 隣に盆が置かれた。お稲荷さんときつねうどんだ。それを持つ手を辿ると、眠そうな目をした女性がいた。
 他の怪人と一線を画す、ほぼ人型の姿をしている。唯一人と違うのは耳とフサフサの尻尾だけだ。見た目は普通にかわいい二〇代の女性で、聞き分けの無い体つきをしている。半分とは言わない、四分の一でいいから分けて欲しかった。
 彼女は部下であり友達の狐女だ。ちなみに上で活動する時は鈴村橘音(すずむら・きつね)と名乗るので、良雪は普通に橘音ちゃんと呼んでいた。
「おはよう。今起きたの?」
「ううん。寝る前にご飯食べようと思って。新作のゲームが面白くてさ」
「……仕事してよ」
「残念でした。昨日二日有給取ったもんね。ああ、大総統様は休みたくても休めなくて辛い立場だね」
 橘音は東京風のお稲荷さんを一口で食べた。良雪は心底幸せそうな顔をしている橘音を恨めしそうに睨んだ。
 しばらく橘音が一方的にゲームの話をする。やれあのキャラクターはどうだの、やれこのシステムは改善する余地があるだの。良雪はゲームのことをあまり知らないが、このように橘音が楽しそうに語るときはハマっている証拠だ。
 話がひと段落して良雪がお茶を飲んでいると、後のほうで口論が聞こえてきた。
 一方は戦闘部一課のツノが立派な甲怪人だ。手には巨大なゼリーを持っていた。昆虫用ゼリーだろう。もう一方は諜報部の犬男だ。良雪と同じ日替わり朝食を、大盛にしていた。
「どうしたんだろう?」
「いつもの事といえば、いつもの事ね。情報局と作戦局はいつでも仲悪いからね」
「頭痛い。なんで仲良く出来ないのかな」
「まあ、戦闘部二課の私から言えば、情報局が悪いかな。あいつらの間違った情報で苦労させられることも結構あるからね」
 はあ、とため息を一つ。ちなみに情報局の言い分だと「限界がある中で最善の情報は出している。これ以上は作戦で補うのがプロだろう?」となる。局の性質上直情系の作戦局と冷静な情報局の性格の違いも大きく響いているとも言える。
 聞いていると最初は情報内容の口論だったようだが、今では罵倒合戦になっている。
「俺は犬じゃない、狼だ! おまえ昆虫臭いんだよ!」
「どう見たってポメラニアンだろうが! そんなくりくりした目で睨まれたって怖くもなんともないっての!」
 残念。ポメラニアンじゃなくてスピッツだ。良雪は心の中だけで答えておいた。
 そんな二人をボケっと見ていた良雪に対し、橘音はニヤニヤしながら口を開いた。
「いいの、大総統様? 御前であんな無礼をはたらかせておいて」
「放っておくのが一番だと思うけど……いってきます」
 いってらっさい、と橘音は手を振って良雪を送った。少しは手伝ってくれてもいいと思うが、戦闘部の橘音が参加すれば公平だと思われなくてもしょうがない。
 もっとも、それで戦闘力はどっこいといったところだろう。戦闘部一課の甲怪人は新型怪人と呼ばれる怪人だ。人と何かを掛け合わせて強くしたのではなく、そういう生物として生まれているので高い能力を持っている。反面、能力に偏りが大きく人にも変身できないため融通が利かないという欠点もあるが。ちなみに、従来の怪人と新型怪人を区別するために従来型は元の性別に分けて〜男〜女と呼び、新型怪人は〜怪人と呼んでいる。
 いよいよお互いの胸倉を掴みかかろうとしていたその時、ようやく良雪は辿り着いた。
「い、いけません。二人とも止めてください」
 しかし、ヒートアップした二人には聞こえていないようだ。
「ああ? てめえ、いい加減にしないとどうなるかわかってるんだろうな」
「どうなるんだろうな。旧式がピーチク騒いで耳障りなんだけどな?」
「止めてください、怒りますよ!」
「上等だ。昆虫が狼に勝てると思ってんのか。脳みそ入ってないだろ」
「自分のことを狼と勘違いしてるかわいいワンちゃんが、誰に脳みそ足りないって言ってるんだろうな? 自分か?」
「止めてください、止めてください!」
『うるせえ、すっこんでろ!』
「あ……」
 見事にハモった二人に、良雪は思わず涙目になる。それでようやく気がついたように顔を見合わせ、同時に慌てだした。
「お、お嬢。違うぞ、違うんですって。首とか撫でるか?」
「あ、あの、ほら大総統、ゼリー食べますか?」
 怪人が二人で見た目中学生の少女の機嫌を必死で取る姿。ほほえましいと言うより、見ただけだったら誘拐する直前のようにも見えなくない。
 良雪は泣き出しそうになるのをぐっとこらえて、犬男の首のフサフサを一分ほど楽しんだ後に、赤い目で二人をにらみつけた。
「いいですか、局の問題で仲が悪いのは解りますが、喧嘩は駄目です。私は仲間同士で喧嘩させるために給料を払っているわけではありません。多少の諍いはしょうがないですが、なるべく自重してください。お願いします」
『ハッ!』
 二人が最敬礼で返答する。でも、また一週間もしたら同じような状況になるのだろう。そう考えると鬱になるが、とりあえずは部下を信じてここは治めるべきだと良雪は判断した。
「良雪、そろそろ時間だよ」
 橘音がバッグを手渡してきた。携帯で確認すると、もう遅刻ギリギリの時間だ。
「お弁当は貰って入れといた。お盆は片付けとくよ」
「ありがと橘音ちゃん。じゃあ、いってきます。皆さん、今日も一日がんばりましょう!」
 食堂の随所から様々な返事が帰ってきた。怪人が五人ほど、戦闘員や研究員がその十倍ぐらいいる。
 その返事に満足して、良雪は食堂を後にした。


【一二時五〇分 学校】
 純粋に自分が好きだから入れてくれたんだろうと、好意的に解釈した。
 良雪の弁当はいつも食堂のコックが用意してくれている。仮にも大総統が学食や売店ではカッコがつかないだろうとの判断だ。せっかくの申し出なので用意してもらうことにしたのだが、朝食のあまりでいいと言っているのに出来る限り優遇して、そして学校で浮かない程度に作ってくれている。良雪は本当にいつも感謝していた。
 今日の弁当は鳥そぼろご飯だった。付け合せに野菜や卵焼きも用意してくれていて、ちらし寿司のようになっている。
 そして、その上にでっかい油揚げが数枚。たっぷりのしょっぱい油がご飯や卵焼きについていた。
 犯人は想像が付くと言うか、一人しか居ない。彼女は意外と大食いだ。これじゃ足りないと思って追加してくれたのだろう。
「あんたに弁当を作ってくれる人って独創的なのね」
「いや、これはちょっとした手違いというかいたずらだと思うよ……」
 目の前に机をつきあわせているのは学校での親友、大葛愛(おおくず あい)だ。すらりとスレンダーで背も高い。そして胸もある。どうして自分の周りには、こんなにカッコいい体型の女性しかいないのだろうかと、悪らしく神様を憎む良雪だった。
「でもまあ、ごちそうさま。美味しかったよ」
 愛は最後の油揚げを食べて、手を合わせた。一人では片付けられないので、手伝ってもらっていたのだ。
「んで、どうなのよ」
「なにが?」
 食後のお茶をちびちびと飲んでいた良雪に愛が話しかけた。
「悠木の事よ。前に興味があるって言ってたじゃない。何かする気はあるの?」
 盛大にむせた。ちらりと当の悠木を盗み見る。
 悠木正義(ゆうき せいぎ)。三年になってから引っ越してきた男子だ。人付き合いは悪く、部活動にも参加していない。しかし、スポーツ万能・頭脳明晰・容姿端麗。おとぎの国からやってきたと言っても信じられるほどの完璧超人だ。その寡黙さもあいまってミステリアスな美形として女子の間で人気がある。
 ご他聞にもれず、良雪もその一人だった。
「な、何を……」
「あんた悠長な事言ってると、すぐに卒業だよ?」
「そんな気なんてないよ。それに、つりあわないし」
 自分はぱっとしない、と良雪は自分を評価していた。確かに体のメリハリは無いし、スポーツも学力も並以上だが努力の範囲内だ。
 しかし、実のところそんなことは無い。むしろ可愛さだけならどこに出しても主力級だ。見た目年齢相応の中学生の中に混ぜてもそれは同様である。その容姿は老若男女問わず好感を持たれるし、学校の年下好きな連中からはカルト的人気を誇る。
 もっとも自分に自信が持てない状況では、何を言っても馬の耳に念仏だ。そこを理解していた愛は、ため息と共に悠木を見た。
「まあ、確かにそうだね。あそこまで完璧だと、自分がどうでも手を出す出さない以前に気が引けるし」
「そうそう。なんていうか、好きは好きでもアイドルに対するものと一緒だよ」
 屈託なく笑う良雪。しかし、これは半分嘘で半分本心だ。興味はあるし、カッコいい。付き合えたら素敵だと思う。でも自分は悪の組織の大総統で、好きになることで迷惑をかけることもある。そしてこれが一番の理由だが、今は色恋をする余裕がないのだ。
 現在の不完全な知識でも一応基礎的な運営は出来るものの、やはり現状維持で手一杯になってしまう。出来れば祖父や父の作った組織を大きくしたいし、もっと組織の人たちに裕福な暮らしをさせてあげたい。
 だから、今は自分のことで精一杯なのだ。別に今でなければ恋が出来ないわけではないし、そんなに焦ってはいなかった。
「そんなものかな……。あ、そろそろ次の授業始まる。席に帰るよ」
「うん。じゃ、また後でね」
 愛は席を片付けた後、手を振って席に戻った。良雪は机の中から教科書とノートを取り出す。次の授業は古文だ。得意なほうだが、食後で眠くなるのは覚悟しなければならなかった。
 何気なくぱらぱらとノートをめくると、ある落書きが目に入った。
『国明→ごくあく 夏道→げどう 良雪→らせつ』
 いつ書いたのか分からなかったが、この眠たそうな字はとりあえず消しておいた。
 誰かに見られてまずいわけではないが、別に教えなくてもいいことだ。それにしても、名前に裏の意味を持たせると言うのは、この業界では一般的なのだろうか。他の組織の人物との交流はあっても表の顔を知らない良雪は、古文の時間の大半をこのどうでもいい内容に使ってしまった。


【一八時三〇分 商店街】
 沈みかけの太陽が、視界をオレンジ色に染めている。良雪は人の行きかう商店街の道を、ビルの上から獣骨マントを着て見ていた。顔は丸出しだが、別に問題は無い。認識を阻害する装置がこの型の獣骨に仕込まれており、もとから良雪=大総統と知らない限り「ちょっと似ているかも」と思うのが関の山だ。そうと知っていても、慣れないが。
 夕食の買い物時だ。子連れの主婦が肉や野菜を買い、一人暮らしと思われる男性が惣菜を買ったりしている。程よく都会、田舎、下町が入り混じったこの土地ならではの、良雪が大好きな光景だった。
 そんな光景を、自分は破壊しようとしている。
 ひどく、心が痛んだ。
「良雪様、準備完了であります」
 全身黒タイツの戦闘員が良雪に敬礼した。基地では顔を出しているから誰が誰だか判別できるのだが、外での顔まで覆っている状況では判別できなかった。
 学校から帰り、家で大総統服に着替えた後、この作戦に参加することになっていた。なるべく考えないようにしてきたのだが、とうとう時間が来てしまったようだ。いままでにも何度か参加したことはあったが、いつまでたっても慣れることはできなかった。
「大総統、さあこのスイッチを。押せば仕事は終わりです。私では押せません」
 横にいた蟷螂怪人がカマを掲げて見せた。確かにこれではボタン式のスイッチは押せない。普段は普通の五本指なのだが、カマを一度出してしまうとしばらくは元に戻すことが出来ない。
「悪の組織としてこれぐらいは通るべき道です」
 蟷螂怪人が真摯な目つきで良雪を見つめた。あなたがやらなければならない。その目はそう語っていた。
「体裁を整えないとやっていけないなんて、因果な商売ですね」
「悪には悪の仕事と言うものがあります。たまにはちゃんとやらないと、存在自体が黙殺されかねません。知名度も、立派なステイタスの一つですから」
 そうなのだ。悪の組織を立ち行かせるのは悪っぽい見た目の怪人でも、地球を七度焼き払える兵器でもない。いかに悪をこなしているかと言うこと自体が、悪の組織を成り立たせる要因なのだ。
「組織のアイデンティティというものです。目的がなければ組織なんて無いのと同じです」
 良雪は深呼吸をした。手に持つスイッチが異様に重く感じられる。
「……覚悟しました。今までだって、やらなかったわけではありませんから」
 それでも覚悟が必要なのは、彼女の人柄故なのだろう。と、蟷螂男は考えた。この年でこんな胡散臭い組織の経営をまかされて、こんな汚れ仕事に何度も手を出さなければならない。そんな境遇を不憫に思うと同時に、守っていこうと決意させる。組織の人間の殆どが、同じように考えているはずだった。そうでなければ、もっと大きな組織に寝返ったり、もっと極悪な組織に鞍替えするだろう。
「マスタードガス、ですよね」
 それをもし専門家が聞いたら、すぐさま逃げ出すか、このまま高いビルの上を死守しようとするだろう。
 一般的にマスタードガスとは、びらん性ガスの代表格だ。純粋なマスタードガスは無味無臭だが、異物が混じるとマスタードのようなにおいがすることからこう名づけられている。致死率は低いものの、気管に入ったら呼吸できずに死亡することもあるし、皮膚に付着すると激しい炎症を引き起こして激しい痛みと傷跡を残す、危険なガスだ。
「はい。我が方で作り上げた新型です。具体的には……」
 横に控えていた戦闘員が、蟷螂男の前に紙を差し出した。新型マスタードガスの詳細が書かれている仕様書だ。
 ごくりと良雪が息をのむ。頬に汗が伝った。
「特選、改良したシロガラシ、クロガラシの種子から抽出した成分を使用した模様です。従来型より辛味が増しており、かつ軽くなったため吸気によるダメージが大きくなることが見込まれ、より広範囲に拡散させることが可能です。最低数日は下の上に辛味が残り、のどは焼け、目はまともに使うことは適わないでしょう」
 ちなみに、シロガラシ、クロガラシというのはマスタードの材料だ。つまり、マスタードガスはマスタードガスでも、マスタードの原材料を使った催涙ガスだ。よっぽどのことがあっても、死ぬことはありえないだろう。
 それでも、身を焼くほどの罪悪感が良雪を襲うのだった。
「ここの人たちには何の罪も無いのに」
「それが悪の道です。それに、自身は何も悪くないのに運だけが悪くてひどい目にあうということは、往々にして存在することです。さあ、そろそろ時間です」
 すでに覚悟は完了している。二度目の深呼吸の後、スイッチに指をかけた。
「そこまでだ!」
 突然ビルの扉が勢いよく開かれる。それに驚きスイッチから指を離す。
 黒いボディースーツに口だけ見えるヘルメットを被り、黒いマフラーを首に巻いた人物だ。その姿には見覚えがあった。思わず良雪が叫ぶ。
「……ジャスティス!」
「ちょっとまて、まだ名前は言うな。お前たち、少し待ってろよ」
 いそいそと給水塔の上に登るジャスティス。後から攻撃できれば楽だろうが、それは悪の花道に反する。
 思いのほか若そうな声だな、と考えているうちにジャスティスは給水塔の上に登り終わっていた。そのまま前口上を話し、腕を大胆に動かしてポーズをとった。残念ながら、前口上は下の八百屋で始まった値引きの声にかき消されて殆ど聞こえなかった。
「トウッ!」
 給水塔の上からジャスティスが一回転して飛び降りる。着地。しかし、そこから動かない。
 しばらくの沈黙。大根が随分と安い。ブリも値引いているようなら、今晩はブリ大根を自炊するのもいいかもしれない。そう良雪が思っていると、不意にジャスティスが手をクイクイと引くように動かした。
 意図が読めない。しかし、迂闊に動くこともできない。良雪は身を強張らせて相手の出方に備えた。
「あの、恐らく名前を呼べといっているのではないかと思われますが」
 後から戦闘員の一人が耳打ちしてきた。なるほど、そういえば先ほど「まだ名前は言うな」と言っていたような気がする。
「ジャ、ジャスティス?」
「そう、天知る地知る人が知る。悪の影に我があり。正義の味方、ジャスティス推参!」
 ボン、と給水塔が爆発して、まるで水芸のように中の水が綺麗に吹き飛んだ。
「な、何てことするんですか!」
「黙れ! 貴様らの悪逆非道、この俺が叩き潰してやる!」
「必要のない被害を出さないでください!」
「下劣な悪党が口を開くな!」
「あれがないと、このビルの人が困るじゃないですか!」
「いいだろう。俺は平和的解決を望んだのに、そっちがその気ならこちらも容赦しない!」
 まったく話がかみ合ってないな、と蟷螂怪人は頭の片隅で考えていたが、そんなことはどうでもいい。これがタチの悪い正義の味方、ジャスティスの困ったところの一つなのは重々承知していた。
 とりあえず、戦端を開くべきだと蟷螂怪人は判断した。素早く良雪の前に立ち、カマでジャスティスを差す。
「大総統、ここは私にお任せを……。いけ、戦闘員よ」
「イーッ!」
 三人の戦闘員がいっせいにジャスティスへと襲い掛かる。それをジャスティスは悠々と立ったまま出迎えた。
 戦闘員と言うと後ろで踊っているザコのイメージが一般的だが、実のところそんなことは無い。ただのタイツに見えるパワードスーツにより力は一様に高く、防弾・防刃性能に優れ、対衝撃能力も十分にある。さらに、普段からの訓練により錬度も高いため、一般人であれば二〇人が刃物を持って同時に襲い掛かってきても十分に無力化できる程度の力はある。
 俊敏に三人でジャスティスを取り囲み、じりじりと輪を狭める。当のジャスティスは腕を組み、口の端を吊り上げて笑っていた。
 どこからこの余裕が出るのか不気味だったが、油断さえしなければ善戦ぐらいはできるはず。三人の戦闘員は互いにアイコンタクトを交わし、そして一斉に飛び掛ろうとした。
「こいつを見ろ!」
 その声に動きを止める。見ればジャスティスが、良雪のスイッチとはまた別のスイッチを掲げていた。
「なに?」
「貴様らのような卑怯者は、どうせ劣勢になれば毒ガスを盾にするに違いないと思って、事前に探して細工をしておいた。これはその細工を作動させるボタンだ!」
 あのマスタードガスに細工をした。にわかには信じられない事態だった。この商店街数箇所に、ばれないよう丁寧にカモフラージュして置いてあるのだ。そもそも、何故毒ガスを使用することがばれたのか……。思考が堂々巡りするが、今は目の前のことに集中する時だ。その場にいた悪の組織の全員が、いつでも動けるようにさりげなく体勢を変えた。
「知ってるか? 毒ガスを処理する方法を」
 良雪は静かに首を振った。一挙手一投足を見逃さないようにしながら。
 しかし、ジャスティスの動きは極めて小さなものだった
「ナパームで焼くんだよ」
 何の躊躇もなく、ジャスティスはボタンのスイッチを押す。
 とたんに商店街の一角から火の手が上がる。悲鳴や怒号がその地域を包んだ。
 な、としか言葉が出てこない。なんてことをするんだコイツは。まだたくさん人がいるっていうのに、これでは何人も死んでしまう。
 その衝撃的な事態から最も早く立ち直ったのは、意外なことに良雪だった。
「は、早く一一九番に連絡して! それまではうちから場を混乱させないように人間の姿の怪人と職員から手伝いを呼んでください。早く!」
 その言葉に反射的に反応した戦闘員が、一足飛びで後退して携帯電話を取り出した。短縮ダイアルですぐさま基地の作戦部へ連絡を取ってくれているようだ。
「なんてこと……なんてことするんですか!」
「お前らの後ろ盾を無くしたまでだ。さあ、次ぎ押せば次の毒ガスが吹き飛ぶ。貴様らの後ろ盾は、無いも同然だ!」
 これまでに何度か報告書で見ていたが、にわかには信じがたかったことが現実で起こっていた。
 正義の味方ジャスティス。これまでに何度も組織の作戦を妨害してきた敵なのだが、彼が絡むと被害が当初の目的より数倍に跳ね上がる。
 水道水をジュースにしてしまう作戦では、本物の毒をまかれた。撤去にかなりのお金がかかった。汚職をする要人を説教しようと誘拐したら、替え玉に変えられていて無関係なおじさんを怖がらせてしまった。おじさんに説教された。ひどい時には、町のゴミを食べる怪人が行動している最中に、ゴミ集積場からかき集めた何百トンと言うゴミをばら撒かれた。使命感の強かった彼は、今でも食べすぎで苦しんでいる。
 良雪は出来る限り強くジャスティスを睨む。しかし、相手の目はヘルメットを被っているために見えない。
 ジャスティスの戦闘力は不明だが、戦闘員三人と蟷螂怪人がいつもどおりコンビネーションできれば倒すことが出来るだろう。しかし、それまでに被害は拡大する。最悪、この周辺全てが火の海になってしまう。
 もともと毒ガスでこの周囲を恐怖と混乱の渦に巻き込もうとしたのは、確かに良雪たち悪の組織だが、これはやりすぎだ。いくらなんでも人が死ぬのは駄目だ。
 ここはお約束の口上で逃げるしかないようだった。
「ふ、ふはははーなかなかやるなジャスティスよ今回は見逃してやるせいぜい首でも洗って待っていることだなー」
「なにっ、逃げるのか大総統! 卑怯なり!」
 完璧に棒読みだったが、それでもジャスティスは乗ってきた。これで逃げることが出来る。
 蟷螂怪人に合図して、持ち上げてもらう。同時に蟷螂怪人は背中の羽を広げて飛んだ。取り残された戦闘員も、おそらく逃げ切ることはできるだろう。
 どんどん小さくなっていくジャスティス。遠くではもくもくと黒い煙が立ち込める一角があった。風に揺られる良雪が出来ることは、人的被害がないことを祈るだけだった。
「気を落とさないで下さい、大総統。あれがジャスティスのやり口なのは知っているはずです」
「でも、彼はやりすぎです。諜報部に優先して個人を特定してもらうか、もしくはジャスティス自体を捕まえられるように作戦部にもう一度打診しましょう。……上手くいけばいいのですが」
 これまでに一度だけ大規模な行動に出たことがある。怪人数体と戦闘員五〇名による捕獲作戦だ。場所も被害が出ないように無人の採石場を選んだ。拠点の特定もほぼ完了し、包囲もほぼ完璧だった。
 結果は今とほとんど同じだった。最初から常に仕込んである爆弾を使って脅迫され、やむなく包囲は突破された。同時に時限装置を作動させたことを告げ、作戦局と情報局総出で爆弾の解除を行っているうちに、すっかり拠点も移されてしまった。
 遠くに救急車と消防車の走る姿が見えた。いつもなら混む道路をすいすい走っている。良雪の言葉だけにとどまらず、この二台がスムーズに通れるように誘導してくれたようだ。
 日はほとんど落ちていて、あたりは暗くなり始めていた。


【二一時五〇分 自室】
 良雪はベッドの上に倒れこんだ。
 今日は特に忙しかった。帰った後も仕事が山積みだったのだ。
 いつもはかけてこない遠くの基地の大首領から連絡が入り、雑談を交わした。いや、お父上とは縁があったが、君のような若い子がやっていけるのかと心配になってね。無知無力な弱輩ですが、どうにかこうにかやっております。立派なものだね、よし、もし何かあれば力になってあげよう、なに私の力は悪の組織の中でも評判でね……。正直、疲れる会話だった。退屈しのぎにされただけだと思う。
 通信が終わったと思ったら、入れ替わりで連絡が入った。どうやら地底人と宇宙人の仲が険悪になったらしい。双方と同盟を結ぶ前提のうちとしては、容認できない事態だ。翻訳機を携え、ホログラム同士ではあるが三者会談を行い、何とか即日交戦を避けて後日の会談の取り決めをすることが出来た。骨身を削る思いだったが、油断できない。
 そして執務室で今日一日の雑務に取り掛かっていると、製作途中の巨大ロボットが突然暴れだしたとボロボロの戦闘員が報告に来た。原因は新しく開発した人工知能が、もっとカッコいいボディーを要求したためだ。デザインが得意な橘音に頼んで、見た目はこう変えるから今は待って欲しいと頼んで収めてもらった。もう少しこらえ性のあるAIに育成して欲しかった。
 執務室に帰る途中、先ほどの事件の顛末についての報告が入った。死者は幸いなし。重軽傷者は三〇名ほどいた。家屋全焼は二棟、どこかしら焼けたのは五棟に及んだらしい。重軽傷者と家屋に被害を受けた人に出来る限りの支援をするよう指示を出し、同時に二度目のジャスティス捕獲作戦の立案と、諜報部に追加資金を計上してジャスティスの拠点や表の個人を特定するように伝えた。これ以上やると、いくらなんでもかなりの重罪に引っかかる。早く止めさせるか、正義の組織につかせるか、個人での登録をさせるべきだ。
 遅い夕食の途中、今度は別の怪人同士が喧嘩を始めた。どうやら美人の戦闘員をめぐっての争いらしい。星空の下で戦わせて、お互い正々堂々とやろうと友情を誓わせた。友情はいいと思うが、良雪も恋がしたいと思った。ちなみに、その戦闘員には一般人の恋人がいることは、橘音から聞いていた。無性に悲しかった。
 そしてようやく全ての仕事が一段楽したら、今度は自分の仕事の番だ。学校の宿題をこなし、受験勉強をする。就職先は考えなくてもいいが、一応大学ぐらい出ていないと周囲からなめられるのだ。
 しかし、三〇分も勉強した頃には眠くなり始め、一時間机に向かったらいつの間にか寝ていた。これは続けることが出来ないと思い、無理せずに眠ることにした。
「おやすみなさい」
 良雪はお気に入りの巨大なクマのぬいぐるみにそう言った後、電気を消してベッドに潜り込んだ。不相応なほど高級なベッドで良雪はいつも恐縮していたが、高いだけあって寝心地は抜群だ。明日のことを考える間もなく、明津良雪の一日は幕を閉じたのだった。

<おわり>


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