「蒼い瞳の少年」
著者:MRI



   ―――

 現在、私は飛行機エコノミークラスに座り、昔の友に会いに長い時間乗っている。胸中はあの日の出来事を思い出して高揚し、その窮屈な座席に嫌な気はしなかった。
 あの頃ならばこの席も十分に広く感じただろうに――
 彼は元気にしているだろうか…
あの頃、私はまだ小学校6年生になったばかりだった。桜が散り、暖かい季節が来ていた。

   ―――

 −10年前−
 僕は、不安でいっぱいだった。僕の家庭は父さんが転勤族だったために引越しを繰り返していた。
 小学校6年の春、僕は静岡のとある小学校に転入した。この頃にはすでに5回以上の転入を経験していた。
海が近く浜辺にそって桜がキレイに立ち並んで咲いていたのを良く覚えている。
 クラスの皆は僕とは仲良くしてくれた。でも、いつも不安だった。
 皆には僕には無いたくさんの思い出を共有していたから…僕にはそんなものがないから…いつも一人で距離感を感じていたんだ。
 考えてみればそんなのは一人で閉じこもっていただけなのかもしれない。でも、僕には余裕なんてなかった。
 逆に、仲良くなっても別れが辛いのも経験していた。
 僕はこの学校も早く過ぎ去ってくれることを願っていた。
 一方で母さんはこんな生活に嫌気がさしていた。母さんは安定した温かい家庭を理想としていた。もちろん家計は父さんの収入が良いから苦労はなかった。
でも、母さんは近所付き合いにいつも苦労していた。人と深く関れない、母さんは人当たりが良かったがそれが自然と疲れさせた。
「ケイ君!放課後に皆でサッカーしようぜ」
 友達の大塚君が僕をいつものように遊びに誘ってくれる。
「うん、分かった」
 僕もそれに素直に喜んで参加していた。
 それはいつも充実していた。はたから見たら皆仲よさそうに遊んでいるように見えるだろう。
 でも、いつも僕は一人だと感じていた。
「今度皆で伊豆に出かけようよ。また林間学校みたいな感じでさ!」
「いいね、夜に先生の隙をついて抜け出してさ、肝試しとかやったらヨウちゃん泣きだして、おかげで先生にばれてゲンコツくらったよな」
「そうそう間抜けだったよな」
 皆が過去の思い出話になるといつも辛かった。逆に聞かれたときは少しでも長く話し引き付けることで紛らわしていた。その中には多少のキャクショクを入れて。

 そうやって毎日を何とかこなしていた。
 今思えば大人ぶって一人孤独を演じてただけなのかもしれない。

   ―――

 僕が少年と会ったのは5月の半ばだった。天気は不安定だった、晴れが続いて暑い日ばかりだと思えば雨で急に寒くなったり。大人は皆僕らの健康を気にしていたけど、僕らには関係がなかった。
僕ら子供は寒さも暑さもおかまいなしに遊ぶものだった。
 そんなある雨の日だった。今日はとくに遊ぶ約束も無く、一人傘をさしながら浜辺の沿道を歩いて下校していた。
「あれ?だれかいるぞ」
 浜辺に一人緑のカッパを着て海を眺めている人の姿が見えた。
波は雨のせいかどこか荒れているように感じた。
 興味を惹かれて僕も浜に出て行った。
「何をしているの?」
 後ろから僕はその人に声を掛けた。背格好から僕は同じくらいの子だと感じていた。
「!」
 少年が気がついて振り向くと僕は動揺した。
「Wao! Hello. how are you」
 少年も驚いた反応だが嬉しそうになんかしゃべった。その少年の瞳は蒼かった、でもそれは左目だけで右目は僕らと同じ茶色かった。
「え、あっう…」
 僕は少年の言ったことが理解できなければ少年自体にも怖いと感じた。
「ア、ゴメンナサイ。ハジメマシテ、ジェイクトイイマス」
 僕の動揺に気付いて少年は片言ながらも上手に日本語を話した。
「えっと、ケイ、矢野景。は、初めまして」
 僕は初めほどではないけど緊張は拭えなかった。
 なんかパッとしない出会いだった。その時は不安になってすぐにさよならを言って逃げるように帰ったんだ。考えてみれば失礼だった。

翌日、昨日と変わらずしとしと雨が降っていた。
「今日は森澤くんちでゲームやろうぜ!」
 大塚君が面倒見よく僕に誘いに来てくれた。彼には僕はいつも感謝していた。いや今だからそう思うだけなのかもしれない。
「うん、帰ったらすぐに行くね」
 ゲームは良かった。皆夢中になって過去のことなんか関係無しだから。
 雨の帰り道、いつも通り浜辺の沿道を歩いていると今日もあの少年は海を見ていた。
 気にはなったけど、その時はそのまま帰ってすぐに森澤くんちに出かけていった。
 
 陽が沈んで、自然とおひらきになって僕はまっすぐ家にかえろうとしていた。 
僕は雨上がりの帰り道を楽しかった時間の余韻にひたりながら歩いていた。
「……」
 ふと潮の匂いが鼻にふれた。僕は思い出したようにあの子の事を思い出した。
「まだいるのかな?」
 思い出したらとたんに気になった、家には遠回りだけどわざと沿道に出て、浜辺を眺めながら帰ることにした。
 浜には、犬の散歩をしながらタバコをふかしているおじさん、運動着で走っているお兄さん、雨が止んでとても見晴らしがよかった…でもあの子はいなかった。
 僕は昨日の後ろめたさを背負いながら家に帰った。

   ―――

 次にあの子に会ったのは、その週の日曜日だった。
 その日は母と僕は静岡駅のほうへ出かけた。母さんはどこか暗い顔をしているが理由の分からないお出かけに僕は退屈だった。
 その道の途中で人が、黒い服を着たたくさんの人が集まっているのが見えた。
 今日のお出かけはこれと関係があったらしい。今では何があったのか明白だった。
「ねぇ、一体何があるの?」
 どうも要領のつかめない質問を僕はした。
「いい?今日は大人しくしているのよ。そしたら帰りに好きなもの買ってあげるから」
 母さんは僕に優しかった。でもどこか悲しそうだった。
それに気がついた僕はただいい子にしていた。
 そして黒い列が目の前に立ち並んでいた。それに母さんは頭を下げ続けた。
 列は建物の中へと静々と入っていく。僕は母のそばを離れて中に入っていった。
「………」
 中に入ると見慣れた顔の写真が大きく飾られていた。
 テレビで見たことがある光景。そして写真の人は僕の父…つまり―

 母さんと二人並んで静かに座っていた。僕は退屈になり、外に出た。
僕にはこの日まで秘密にさせられていた。母さんは僕が悲しむのを嫌っていたんだ。でも、不思議と悲しいという感じは湧かなかった。分からなかった。二度と会えないことの意味が実感できなかった。
 ザー、ザザーン!
 波の音がかすかに聞こえてきた。
「ここも海が近いんだ…」
 そう呟いて、気がついたら僕は足を運んでいた。

 浜辺はどこか僕の気持ちを表すかのように曖昧な色合いを出しながら揺らめいていた。
「……?あれ?」
 その浜辺に一人たたずむ少年が目に入った。その少年は見覚えがあった。あの蒼い瞳の少年―
「ねぇ、何しているの?」
 僕は気がついたら話しかけていた。
「!キミワ!?」
 その少年も僕を覚えていたようで驚いた反応を見せた。
「景だよ。この前はごめんね」
 とっさにこの前の行為をついて自然と謝っていた。
「キニシナイデ、ワタシハ―」
「ジェイクって言ったよね?」
 僕の返答に少年は笑顔で返してくれた。
 不思議なことに彼とは簡単に打ち解けることができた。それは彼も一箇所に長く住むことがない生活を送っていること、それも国をかえることも多いらしかった。
 そして、彼にも不幸が訪れてた。両親の事故死。
 僕は父さんを失ったが、彼は二人を同時に失った。彼は祖国の叔母さんのところに数日後には行ってしまうらしい。
 理由は分からないけど僕と彼はこの残された数日を毎日のように遊ぶことにした。
 楽しかった、ただただそう実感していた。何かに気を使うことはなかった。父さんがいなくなったことに少しずつ悲しくなってきた。彼はどうなのだろう…

 彼との別れの日。僕は顔を合わせるのが辛かった。
 自分ばかり不幸面していたんじゃないかと思うと彼に合わせる顔が無かった。
 彼とはその日に会うことをしなかった。もう会わないんだと決め付けて―
 ―僕は再び元の生活に戻った。大塚くんや森澤くん、なんだかんだ言っても僕は一人じゃないことに気がつく。彼が気付かせてくれたのかも、僕はそう思う。
 あの日から2週間が経って、一通の手紙が来た。読むことのできない宛先だけど母さんは僕んちの住所だといった。そして僕宛だとも…中には手紙が一枚。
 くずれた日本語で『げんきですか?わたしげんきです―』
 彼の下手くそだけどその字に僕は涙した。また彼に謝らなきゃいけないと思った。

   ―――

 飛行機独特の揺れに身を任せ夢心地で振り返っていた。
 最近まで不定期ではあるが私は彼と手紙のやりとりをしていた。
彼は元気だろうか、私の最高の友人は、あの綺麗な蒼い瞳の少年はどう成長しただろうか。
 彼の目には僕はどう見えるだろうか、私は今も彼の親友なのだろうか。
 それはこの飛行機を降りた瞬間に分かるほど単純なものだった。




[終]