「彼の鞄」
著者:白木川浩樹(とぅもろー)






彼は鞄を持っていた。

同僚は言った。
「別に気にしたことないなぁ。まあ、普通に考えれば弁当とかかな?
 あいつはいつも昼食は一人だったから。
 愛妻弁当見られるのが恥ずかしいんじゃないかな。昼になると鞄持って消えるし。
 最近じゃ定時になるとすぐ帰っちゃうんだよ、あいつ」


旧友は言った。
「きっと見られたらヤバイもんだよ。
 昔はキメすぎてて相当危なかったし。
 ま、今は見た目だけはまともっぽくなってるけど。
 最近じゃ落ち着いたって聞いたけど、どうなんだろうね」


知り合いの主婦は言った。
「やっぱり仕事の書類とか、ノートパソコンとかじゃないでしょうか。
 真面目な方で、いつもきちんと挨拶してくれますよ。
 」


隣人は言った。
「いつだったか、夜中にどこか行くのを見かけたよ。
 大事そうに鞄を抱えてたなぁ。
 荷物を入れすぎたのか、すごく重そうにしてたよ」


両親は言った。
「就職して都会に出てから買ったものみたいでして、詳しくは知らないんですよ。
 帰省したときは持ってくるんですが、いつもペシャンコで空っぽなんじゃないかって思ってました。
 とても大切そうにしてますし、きっと奥さんに買ってもらったものでしょうね」


近所の子供は言った。
「あれはね、爆弾なんだよ。
 このまえ公園にあのおじさんがいたんだけどね、中からチクタクって音がしたんだ。
 映画で見たことあるよ。時間になったら爆発するんだ」


妻は言った。
「実は私も知らないんです。
 主人はいつも持ち歩いてますし、本人が見せたがらないのを無理強いしたくありませんから。
 いつも自分の部屋で手入れをしているみたいなんですが、笑い声が聞こえることもあります。
 ちょっと変わってますけど、それ以外はいい人なんですよ」


彼は鞄を持っていた。
中身が何かは、誰も知らない。


[終]