――今よりも遥か大昔の話。 人間は最強の生物として世界に君臨していた。 だが、人間は自分たちの持つ能力によって、互いに傷つけることとなる。 人間は己の能力を恐れ、世界に存在する全ての人間の能力を封印することに決めた。 人間の能力は生きた者が決して踏み入ることのできない『異界』へと封印された。 普通の者では近寄れない『異界』ではあるが、偶然にも誰かが近寄る可能性があるため、人々は、誰も近寄らぬように全ての者が畏怖する『妖怪』を創り上げた。 本来、その『妖怪』は文章としてのみ存在し、人々の心の中に刻まれることとなるが、人々の畏怖する想いが強くなりすぎ、その『妖怪』は具現化されることとなる。 だが、その存在に気づく人間などいるわけもなかった。 白い髪に白い肌を持つ妖艶な女の姿をした『妖怪』は一人で異界の扉を守り続けた。 いつ、現れるともわからぬ敵のために…… 『妖怪』が誕生し、幾許かの時が流れた。 ある時、『妖怪』の前に一人の青年が現れた。 二人は恋に落ち、いつしか『娘』が生まれた。 三人は幸せな生活が永遠に続くと考えていたが、青年は生まれ持っての病があった。 『妖怪』と『娘』は成すすべなく、青年は死んだ。 それから少しの時が経つ。 そして、『娘』も青年と同じ病を発症する。 『妖怪』は再び一人になるのを恐れ、封印されている人間の力を『娘』に与えた。 『娘』は人間の力を手に入れ、病に打ち勝つと同時に永遠の命を手に入れた。 しかし、『妖怪』は使命を破ったために力の代わりに封印されてしまった。 『娘』は封印された『妖怪』を守るためにそこに居続けた。 『娘』の力は強く、本来、地獄や天国、極楽浄土に行くはずだった霊たちが引き寄せられるようになり、いつしか、霊たちによる軍隊が結成されていた。 『娘』は霊たちを纏め上げ、『亡者の軍』を作り上げ、母である『妖怪』を守り続けることを決めたのだった。 これは、人間の持ついかなる記録にも残されることのなかった出来事……。 ネオンの輝きと人工的な騒音が周囲を包む。 一般的な夜の街の一角にパトカーが数台、警察官がいた。 「こいつは、ひどい」 「物取りだとか、通り魔の犯行とは思えないが……」 二人の警官は、コンクリートの道路に斃れた死体を見つめていた。 死体は生気の無い目で空を仰ぎ見るように斃れている。 「かなり斬られているが……首や手首、足までも動脈をしっかり切ってるな……」 現場を取り仕切る警部が、死体の横でしゃがみ、傷口を確認する。 「警部!仏の身元が判明しました」 遠くで、部下が叫ぶ。 その部下は警部に近寄り、報告を始めた。 「彼は、財務省の職員です。名前は……」 警部は部下の報告を聞きながら、死体を見つめる。 年齢的には中年、30代だろう。 家族はいたのだろうか? 警部はいろいろと思考を巡らす。 「……と、以上が現在わかっている身元です」 「そうか」 警部は報告を聞き終えると、今後の捜査はどうしたものかと悩んだ。 「ちょっと、よろしいですか?」 思考していた警部は、突然声をかけられ戸惑った。 声のする方に皆の視線が一斉に向く。 そこには、帰宅途中の商社マンのようなスーツ姿の男がいた。 歳はそこそこ若く、20代半ばだと予想できた。 背格好は20代男性の平均的大きさで、表情などから爽やかな印象を受けた。 普通の生活をしていれば、女性にはもてるのだろうなと、想像していた。 警部はいつもの癖で、見た目からどういう人物か推理してしまっていた。 「ちょっと、一般人は入らないで!」 部下がその男に近寄った。 警部は部下の声で、ふと、現実に戻った。 「あぁ、申し遅れました。私は公安の者です。ちょっと用事がありまして」 男は警察手帳を高々と掲げ、警部のもとに進む。 「遺体の確認と身元情報確認をさせてほしいのですが」 公安のわりに腰が低い。 何より、公安が自らこんな風に名乗るものなのか。 警部は疑問に思いながらも、男のなんともいえない威圧感に押され、要求を呑んだ。 部下が再び、同じ内容を男に伝える。 男は報告を聞きつつ、死体の各所を見て回っている。 「そうですか……」 男は確認を終えると、くるりと方向を変え、その場を去っていった。 「後は警部さんたちにお任せしますんで」 男は後姿で言った。 一体、何だったのだろう、と警部は思いながらも、 仕事を再開せねばならず、先ほどの男のことは気にしないことにした。 よれよれのスーツを着た男は、周囲を確認すると、近くに停まっていた軽自動車の後部座席に乗り込む。 「状況はどうだった?」 乗り込むと同時に運転席に座る男が聞く。 髪は茶髪で、スーツが似合う凛々しい風貌をしている。 「警察は通り魔の類で済ますようだな。おかしなことにはなってないようだ」 乗り込んだは男は、運転席の男にそう返答した。 運転席の男は後ろを向く。 「で、やっぱりあの男だったか?」 「あぁ、財務省の内部監査の一員だ。しかも、一番、やばい件に頭を突っ込んでた奴だ」 運転席の男は腕組みをし、後ろに座る男の言葉から状況を考える。 「あんな件にも”あれ”を使ったのか」 「あのやり方は”あれ”だな。人の動脈を徹底的に斬ってやがる」 運転席の男はため息をつく。 「原田……下手をすれば、今回は俺達の限界かもしれない」 原田と呼ばれた後部座席の男。 氏名は、原田広明である。 「指揮官がそんな気構えで大丈夫なのか?福本隊長さんよ」 福本と呼ばれた運転席の男。 氏名は、福本洋太である。 「からかうな。まぁ、今日のとこは引き上げだ」 福本はエンジンを再始動した。 「確かに、情報収集がまだ足りないのは事実だ」 原田は窓を外を見つめつつ、遠くで輝くパトカーのサイレンランプを見めつつ呟く。 「”あれ”がどこにいるかは大よその見当はついているんだがな」 次へ |